【師妹対話】世界を理解する補助線を探して①

甲南大学の2年次にイギリス文化史を井野瀬久美惠(当時は助教授)から学び、3、4年次を井野瀬ゼミで過ごし、現代イギリス音楽を卒論テーマに選んだ坂元希美。あれから30年余りの時がたち、日本も日本を取り巻く世界は大きく変わった。世界を理解するために必要な補助線を探してみようということになった。古代ギリシャのソクラテスとプラトンのごとく、師弟対話ならぬ師妹(しまい)対話のはじまり、はじまり!
坂元 希美 2026.08.08
誰でも

第一回 アメリカが建国250周年を迎えた日に
トランプという補助線

は、かつての学生(弟子ならぬ妹子)につぶやく。いまの世界はどこかおかしい。

妹子(でし)は思う。なんでこうなったんや?

そこで妹子は師に問う。

先生、これはあれに関係しているんじゃないでしょうか? もしかして、こういうことですか?

妹子よ、それはそうで、もしかしなくてもそういうこと……のように見えるんだけど、断定するにはエビデンス、証拠が必要だ。いっしょに調べてみよっか!

――ということで、ひょうたんからコマならぬ、問答から対話、と相成りました。「今見えているものがすべてではない」と説く恩師の教えにしたがい、過去という目には見えない時間軸を入れて目の前の出来事を深く見つめ直す師妹対話
 記念すべき初回の対話は、なんと2026年7月4日、アメリカ合衆国の独立記念日に始まりました!

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白人男性以外の人びとを“見えない化”

坂元 今日はアメリカ建国250年目の独立記念日です。先生は何を思いますか?

井野瀬 ネットやメディアの記事は、この間ずっと、「アメリカ・ファースト」で人種ジェンダー差別的発言の多い大統領にふり回されているせいか、どうも白人以外の動きが見えない気がする。1776年の独立宣言に至る歴史をふりかえる記事や映像はいくつもあるけど、独立宣言に署名した「建国の父たち」、ジョージ・ワシントンとかトマス・ジェファーソンとかベンジャミン・フランクリンとか――全部で56人もいるの、知ってた?――全員が白人男性で、多くは裕福な地主たち。アメリカ政府のアメリカ政府の「Freedom 250 – The White House」をはじめ、映像や活字に使える昔の史料となると、歴史の表舞台を飾る彼ら、白人男性が中心になってしまうっていうのはあるんだろうね。

 それと、18世紀半ばにヨーロッパで起こった七年戦争、その一部でもあるフレンチ・インディアン戦争あたりから、1776年の独立宣言前後がクローズアップされても、日本に入ってくる情報には、奴隷の話がほとんどない。イギリス側で戦った奴隷たち――ブラック・ロイヤリスト(ロイヤリストは国王支持派・忠誠派の意味)たちは、アメリカ――当時は東部、大西洋沿岸部の13植民地のことだけど――と戦うことで自分たちの独立を果たそう、自由になるんだっていう側面があった。

1750年当時の北アメリカと各国の勢力図。ピンクと紫がイギリス領、青がフランス領、オレンジがスペイン領(作成者:Pinpin)

1750年当時の北アメリカと各国の勢力図。ピンクと紫がイギリス領、青がフランス領、オレンジがスペイン領(作成者:Pinpin)

 独立戦争開始直後の1775年11月、ヴァージニア最後の総督ダンモアが出した宣言、「独立派の農園から脱走して、イギリス国王の軍隊に加わり、武器をとるすべての黒人奴隷に自由を与える」という宣言の影響は大きく、2万人ほどの奴隷たちがイギリス側についたと記録されている。彼らの姿は、当時流行した絵画のモチーフ、「英雄の死」(これについてはまた話そうね!)にしっかり描かれています。アメリカ本土以外でも、ジャージーの戦い(1781)を描いた以下はとても有名です。

ジョン・シングルトン・コプリー作 『ピアソン少佐の死』(1784年)

ジョン・シングルトン・コプリー作 『ピアソン少佐の死』(1784年)

 もちろんその逆もしかりで、アメリカ側で奴隷主とともに戦うことで、自分たちの独立を実現しようとした奴隷(ブラック・パトリオットと呼ばれる)もいた。多様性とかインクルーシブであることを重視する21世紀に入る前後から、彼ら「黒人民兵」を発掘する試みも進められている。250周年を記念して、地方では、地元の歴史遺産継承団体や博物館がブラック・パトリオット特別展を開催しているとも聞いています。それなのに、日本のメディアが伝える250周年行事となると、今なお白人男性中心で、どこか「トランプ的」なんだよね……。それって、メディアの偏向、メディアがトランプ大統領に引っ張られているってことなのかな?

 それと、メディアで騒がれると、日本では、独立記念日はすべてのアメリカ人にとって重要な日、だと思ってしまうんだけれど、そこで前提とされている「アメリカ人」って誰のこと? これって、この日に一番考えなきゃいけないことだと思うんだけど、メディアではそういうところをスルーしている感じがする。

 独立宣言の有名なセリフーー「すべての人は平等に創られ、生命、自由、および幸福の追求を含む侵すことのできない権利を神から与えられている」――の「すべての人」に、黒人奴隷も先住民も、そして白人を含む女性も入っていないことは、今では教科書でも書かれている。言い換えれば、白人男性以外の人たちの目から見れば、独立宣言によって、「すべての人」に入るための闘い、「もうひとつの独立戦争」が始まったことになる。

 こうやって、過去という時間軸を少し入れて今という空間を眺め直すと、1776年に「イギリスからの独立」を誰が望んだのか、「独立」をどう理解していたのかという問いが浮かび、「独立」が決して一様、一枚岩でなかったことが見えてくる。そこから、それぞれがそれぞれの「独立戦争」をどう戦ったのか、彼らの「もうひとつの独立戦争」はその後どうなったのか、もっと知りたくなってこない? わたしたちが自明だと思っている言葉――この場合には「アメリカ人」とか「すべての人」とか「独立」とか――を深く考えるにはどんな補助線が必要になってくるか。これ自体が、私たちを見つめ直す大切な問いだと思う。

坂元 でも、先生もさっき「どこかトランプ的」と言ったように、建国250周年という節目にあっても、世界じゅうのメディアはアメリカ大統領のことを取りあげ続けていますよね。それを無視して、世界を見つめ直すことは可能なんでしょうか。

井野瀬 可能にするために、まずは、現アメリカ大統領に、より正確には「メディアで/が伝える彼の言動」にひっぱられることは避けよう。彼がああ言った、こうした、といった話は意識的にやめよう。

 極端な言い方をすれば、2020年代半ばを過ぎた今、私たちの周囲に「トランプという補助線」はすでに引かれてしまっている。世界を深く見つめ直すために私たちが引く補助線は、「トランプという補助線」が隠そうとしているものを見やすくするもの、でありたい。これ、師妹対話の約束事、共通理解にしておこう。

坂元 はいッ、師よ! 

トゥキュディデスのもうひとつの罠――「人間の本質は変わらない」は補助線にならない

井野瀬 「トランプという補助線」が隠蔽しようとしているものを掘り出したいとすれば、何が補助線になると思う? 

坂元 トランプ氏とその支持者たちが前景になっているので、彼らが無視したり弾圧しようとしている出来事や存在でしょうか。公民権運動、先住民、移民、LGBTQ+……他国でも似たような動きがありますし、歴史上も繰り返されてきたことですよね。そう思うと時代が違っても地域が違っても、人間の性質は変わらないもんやなぁと感じます。 

井野瀬 先住民や移民などの問題は別の機会に触れることにして、いま坂元が言った「人間の性質は変わらないもんやなぁ」を、まずは補助線を考えるヒントにしてみましょう。それが最も顕著に現れるのは戦争や紛争、争いごと、やね。

 古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスは、紀元前5世紀のペロポネソス戦争の原因を「恐怖、名誉、利益」の3つに求めたんだけど、これは今もあまり変わらない。戦争は恐怖と怒り、さまざまな欲望や嫉妬がエンジンになっている。でも、科学の実験と違って、歴史の中の出来事に再現性はなく、まったく同じことは二度と起こらない。だから、歴史の中で参照できるのは、類例、比較できるような出来事。時代も場所も違うけど、似たように見える出来事を入口して考えていくというのは、よくある発想だよね。

トゥキディデスの胸像(photo by shakko)

トゥキディデスの胸像(photo by shakko)

 それは、ペロポネソス戦争をリアルタイムで記述したトゥキュディデスの意図でもあったみたい。彼の『戦史』によれば、一時的な読み物としてではなく、永遠に読み継がれるためにこの戦争を書き残す、と明記しています(『戦史』第1巻、第22章)。坂元が思わず口走った「人間の性質は変わらないもんやなぁ」を、2500年以上前に予想していたことになるねえ。これがどう補助軸になるのか――トゥキュディデスの有名な言葉に注目しましょう。

「この戦争の真の理由(ただし表だっては語られなかった理由)は、アテナイが強大化してスパルタ人に恐怖を抱かせ、戦争を余儀なくさせたことにあると、私は考える。」

(久保正彰訳、岩波文庫、第1巻23章)

「台頭する新興国」(=アテネ)に対する「既存の覇権国」(=スパルタ)の恐怖というのが、ペロポネソス戦争の真の理由だと、トゥキュディデスは見ている。これを補助線として、アメリカの国際政治学者グレアム・アリソンの世界的ベストセラー、『米中戦争前夜――新旧覇権国を激突させる歴史の法則と回避のシナリオ』(藤原朝子訳、紀伊国屋書店、2017年)が生まれました。原著の副題には「トゥキュディデスの罠」が謳われています。これは、台頭する新興国の勢いに対して、既存の覇権国が焦りや恐怖を募らせて戦争へと暴走する危険性を指していて、国際政治学でよく使われる概念となりました。

 アリソンは、過去500年間に、台頭する新興国と既存の覇権国が対立した16の事例を分析し、そのうちの12事例が戦争に至ったとしています。21世紀の米中関係もこれにあたり、「戦争回避のためにはどうすべきか」というのが同著の肝なのでしょうが、それには多くの批判が寄せられています。「人間の性質は変わらないもんやなぁ」だけでは「補助線」にはならない――それが、「トゥキュディデスのもうひとつの罠」といえるのでは?

 何よりも、歴史の単純化、「新興国vs既存覇権国」という枠組みに当てはめようとする強引さは、師妹対話が避けたい“先の約束”に反することですしね(笑)。

掘り下げるより、陰謀論といった万能の呪文で…

坂元 では、補助線はどこに? 何が補助線になりますか?

井野瀬 歴史の中に比較、類例を探すこと自体は悪くない。ただし、そのとき見るべきは、現象として似ている状況が何によって引き起こされたのかという分析であり、そこに時代差や地域差という固有の文脈がどう関わっているか、似ている中に違いを見つけることじゃないかな。国家とか社会とかいった集団ではなく、当時の人びとの目線を探すのもひとつ。

 スマホもITもなかった時代、表現の自由も人権もなかった時代に、人びとはどこから情報を得て、なぜそう考えたのだろうか、といった問いも有意義だと思う。類似に見えるものをどんどん掘り下げていくことは、「似ているからこうなるはず」という強引な結論を否定し、「似てるけど違っている」をあぶりだしながら、時代を見つめ直すための重要で刺激的な作業だと思うけど……。

坂元 それが、先行きが不透明な現在地では「過去を参照する」ではなくて、「陰謀論に解を見つける」という風潮なんですよね。歴史上の出来事も複雑な部分を省いてわかりやすくしたり、今に合わせて改変したりしちゃう。

井野瀬 先のアリソンの「トゥキュディデスの罠」も、陰謀論の風潮に引っ張られ、利用されやすいという「弱点」が指摘されていてね。たとえば、新興国vs既存覇権国の「16例中12例で戦争が起きた」という数字が「歴史の法則」のごとく独り歩きし、「米中戦争はすでに既定路線」とする戦争不可避論の裏付けとして使われたと聞いています。

 何より、「トゥキュディデスの罠」というキャッチーな言葉が「万能の呪文」のごとく、新聞や論文、外交の現場などで使われている事例は、2020年代の台湾海峡問題でも数多く見受けられます。

 その一方で、同時期、「新興国vs既存覇権国」という二極対立で現代世界を捉え直す限界も指摘されており、国際政治学のうえで「トゥキュディデスの罠」は賞味期限を終えつつあるようです。その意味でも、アメリカや中国といった大国に補助線を引っ張られないようにしたいね。

坂元 ジャーナリズムに身を置く者としては、とても耳の痛いエピソードです……。アリソンの翻訳本が出た2017年の日本は、「インスタ映え」が流行語大賞に選ばれて、内容よりも耳目を惹きつけるキャッチーさが重視されるようになっていました。Web記事ではセンセーショナルなわかりやすさが広告収入を左右するし、二極対立はエンタメ的に理解しやすい。

 でも、わかりやすさを入口にすると、「もっと知りたい人」が「深掘りしたい人」とは限らないんですよね。

 先生は私の卒業論文を覚えていらっしゃるでしょうか。少し加筆訂正したものをnoteに公開したんです。映画「ボヘミアン・ラプソディ」公開後で、QUEENの人気が爆上がりした頃だったのもあって、かなり読まれました。あるQUEENファンの読者がSNSで、いろいろと質問してくださり、ありがたいなあと真摯にお答えしていたんですけれど、「次は○○について調べてください!」というメッセージには「えええ? 自分なりの深掘りするのが楽しいのに」とびっくりしました。

井野瀬 そうなんだ……。あのとき、坂元はものすごくがんばっていたもんね。思い出すなあ……。卒論提出日に阪神淡路大震災が起こったもんね。衝撃的だった……。

 卒論にまとめるとなると、最初の問いが解決しても、調べている過程で別の疑問が出てくる。だから、「結論」部分には、「冒頭の問いが解決しました」だけでなく、「今後の課題」が書かれていないとだめだよって、毎年指導していたのを思い出す。問いを自分事として循環させるのはとても大切。でも、坂元の話を聞くと、それがとても難しいってことだよね。

 イギリスと関わる講義、坂元も受講していた「イギリス文化史」のような講義で、奴隷貿易や奴隷制、植民地主義の話をすると、食いつきがいいのは、国際情勢に関心のある学生とか、すでに知っていること以外の事柄を知って「目からウロコ」体験がしたい学生とか――。残念ながら、その数は驚くほど少ない。ある高校の先生から、「奴隷だった、植民地だったというのは暗い話だから気持ちが沈み、嫌がる学生もいる」と聞き、私は目がテンになった。

坂元 胸糞悪い出来事を知るのが嫌だとしても、避けて通ると自発的な“見えない化”をしてしまうことになりますし、現在地の奴隷の子孫や旧植民地の文化を理解できなくなっちゃいますよね。

 公民権運動やゲイ解放運動などは権利を掴み取るための抵抗の歴史を持っていますが、今の時点で前景に在りたい人たちが彼らの権利を認めると、自身の存在が危うくなって苦しむことになる。だから“見えない化”を正当化する、 陰謀論がしっくりきてしまうんじゃないか、と思うんですよね。インセル(Incel、異性愛者なのに女性と付き合うことができず、女性嫌悪に陥る男性)のような弱者権力とも相性がいい……おや? やっぱり白人男性しか前景にいないっぽい!

《妹子のまとめ》

  • すでに現代世界に引かれている「トランプという補助線」に左右されない

  • 「人間の性質は変わらないもんやなぁ」は補助線にならない

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井野瀬久美恵:人間文化研究機構監事、甲南大学名誉教授。専門はイギリス近代史。2014-17年(第23期)日本学術会議副会長。主な著書に『興亡の世界史 大英帝国という経験』 (講談社学術文庫)、『奴隷・骨・ブロンズ――脱植民地化の歴史学』(世界思想社)、『「近代」とは何か (講座「わたしたちの歴史総合」)』(かもがわ出版)など。

井野瀬久美恵:人間文化研究機構監事、甲南大学名誉教授。専門はイギリス近代史。2014-17年(第23期)日本学術会議副会長。主な著書に『興亡の世界史 大英帝国という経験』 (講談社学術文庫)、『奴隷・骨・ブロンズ――脱植民地化の歴史学』(世界思想社)、『「近代」とは何か (講座「わたしたちの歴史総合」)』(かもがわ出版)など。

坂元希美:京都府出身。甲南大学文学部英文科、関西大学社会学部社会学研究科修士課程修了、京都大学大学院教育学研究科修士課程中退後、作家アシスタントや業界専門誌、紙を経て、フリーのライターとしておもにWebメディアで幅広く取材、執筆中。共著書に『人はなぜ特攻に感動するのか』(光文社)がある。がんサバイバー。

坂元希美:京都府出身。甲南大学文学部英文科、関西大学社会学部社会学研究科修士課程修了、京都大学大学院教育学研究科修士課程中退後、作家アシスタントや業界専門誌、紙を経て、フリーのライターとしておもにWebメディアで幅広く取材、執筆中。共著書に『人はなぜ特攻に感動するのか』(光文社)がある。がんサバイバー。

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